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仙台地方裁判所 昭和32年(ヨ)337号 判決

債権者 金森治

右代理人 古関泉

右復代理人 中野忠治

債務者 日野末治

右代理人 樋口文平

主文

本件仮処分申請はこれを却下する訴訟費用は、債権者の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

債権者が「三和かまど」と称する竈の形状及び模様の結合につき昭和二十七年三月三十日出願、同年十月十一日登録第一〇〇九七七号意匠登録を受け、さらにその後同号の第一並びに第四号の類似意匠登録を受けたことは、当事者間に争いがない。債務者は、債権者の右意匠登録は登録出願の当時すでに考案の新規性を欠いていたのであるから当然無効である、と主張するけれども、登録は、たとえその要件を欠くものであつても、確定審判によつて無効と宣言されるまでは有効であつて、何人といえどもその効力を否定することは許されない。従つて、右登録に対しこれを無効とする確定審判があつたことにつき主張、疎明のない本件においては、債権者は右登録によつてその後なされた類似意匠登録の類似意匠権をも包摂する有効な意匠権を専有するものである、といわれなければならない。しかして、債務者が「旭かまど」を製作、販売していることは当事者間に争いのないところであるから、以下右「三和かまど」と「旭かまど」の形状及び模様の結合の異同について判断する。

いずれも成立に争いのない疎甲第四号証(債権者の類似意匠登録第四号の公報図面)と疎乙第四号証(債務者の「旭かまど」の写真)、債務者本人の供述により真正に成立したものと認める疎乙第五号証(同上図面)及び成立に争いのない疎甲第九号証(「三和かまど」並びに「旭かまど」の写真)と証人三村芳樹、坪内為雄の各証言並びに債権者、債務者各本人の供述を綜合すれば、債権者の登録意匠の要旨は、四辺形の焚口用蓋体を左右に移動して扉の開度を自由に調節し得ることを主眼として考案されたものであつて、その類似意匠登録第四号の「三和かまど」の形状及び模様は、債権者の主張する類型のうち前台に一側に摘みを有する扁平蓋体を備えた左右一対の四辺形の通風口があるものに該当し、その前台はさらに底面の左右両側に運搬用の凹みを設けた台によつて補足され、そのために前面の焚口が竈全体の三分の一位の高さになつていること、他方債務者が「旭かまど」と称して製作、販売している竈にも数種の異なる形状をしたものはあるが、そのうち本件で問題にされている竈に限つていえば、同竈は、焚口用蓋体が四辺形の扁平蝶番開閉扉であり、底面が総体に陥穹状を呈しているほか、考案の要部とみるべき前面、上面、背面の形状が右「三和かまど」のそれとほぼ同一である、ことにつき一応の疎明があつたものと認むべく、この認定を左右するに足る疎明はない。従つて、右両者は、その細部について観察する場合にも、また竈全体として観察する場合にも、前記焚口用蓋体等の形状及び模様の差異をもつてしてもなお、同様の審美的ないし実用的感情を誘発するに足り、従つて、債務者の製作、販売する前記「旭かまど」は、債権者の意匠権に包摂されている類似意匠登録第四号の「三和かまど」に類似するもの、ということができる。

しかしながら、成立に争いのない疎乙第四号証、証人相沢一郎、武田栄吉の各証言により真正に成立したものと認める疎乙第六号証並びに証人鈴木鶴治、佐々木芳雄、佐藤兵治、相沢一郎、武田栄吉、赤井沢甚五郎、大里辰治郎の各証言及び債務者本人の供述によれば、債務者は昭和十年頃よりその肩書住所に事業設備を設けて竈の製作、販売をなし、当初は石材を用いていた関係で竈の内部の空洞を刻む作業を容易にするためと製品に美観を添えるために、古くから竈の前面をコの字形、その中央部を相当角度の前方傾斜の斜面とした、現在の前記「旭かまど」とほぼ同一の形状、模様を考案にかかる竈を製作、販売し、昭和二十六年資材をセメントに切り替え、新たに「旭かまど」なる名称を付けて市販するようになつてからも、引続き右の形状及び模様を使用して今日にいたつている事実を一応認めることができ、この認定に牴触する証人吉田利一の証言は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足る資料はない。しかして、右認定事実に前段認定にかかる債権者の意匠登録出願の日時を勘案すれば、債務者は債権者の意匠登録出願の際現に善意で国内においてその意匠実施の事業をしていたものに該当するので、債権者の登録意匠につき事業の目的たる意匠範囲内において法律上当然の実施権を有する、といわざるを得ない。然らば、債務者が「旭かまど」を製作、販売することによつて債権者の意匠権を不法に侵害していることを前提とする本件仮処分申請は、結局においてその理由なきに帰すること明らかである。

よつて、本件仮処分申請は、不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆)

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